湘南イラストレーション倶楽部 相浦裕 【ただいま生徒募集中!】

相浦 裕 → 日本人。 長崎県出身。
誕生月日 → 11月23日勤労感謝の日
身長181僉 体重75繊
人間→ O型。温厚。のんびり屋。
好きなもの→ 絵。たまさちゃん。サイクリング。電車に乗ってお酒と美味しい弁当を食べること。ウォールトディズニーの世界。 お好み焼き。寿司。すき焼き。

 たまさ(ちゃん)。
 生年月日: 2010年10月10日。
  Breed: Scottish Fold (三毛猫)。
Eye Color:  Gold。
  性質:  気まま。自分勝手。
  長所:  とてもかわいい。
流れ星

たまたま早朝目が覚めて玄関外へ出るなり 夜空を見上げると満月が光り輝いていた。

まぶしいくらいの満月だった。美しかった。 まぶしいので暗いほうを自然と見た。

 

そこに 🌠流れ星 がサーッと 右から左下へ 流れていった。

一瞬の出来事だった。 生まれてはじめて 流れ星を見た。

感動したー。 あとでいろいろ考えてしまった。

 

北海道で 雪のような星座群を見たことはあったが 残念ながら流れ星は見たことがなかった。

絵にしたいけど なかなか本当は絵にはできないモチーフってある。

 

なぜか。自然そのものの美しさほど綺麗なものはないからだ。 相浦 裕です。

 

 

 

| 相浦 裕 | - | 05:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
たまさちゃん、7つの誕生日。

1010日たまさちゃんのお誕生日。拍手プレゼント7才になった。

 

誰か人と出会って7年たったら いろんなことがあって結構な年月になる。

 

自分の小学1年生からの視点は 小学6年生になることさえも 

まだまだ先の話で いったいどれくらいはるか先のことだろう。

と思ってため息冷や汗をついたことを覚えている。

 

自分が小学1年生のときを思い起こせばそこから7年先の 中学1年生の先輩は

はるか彼方の年上の方になる。

 

高校1年から数えると7年後は 芸大を卒業している年月だ。

 

たまさちゃん、人で言えば七五三のお祝い。

でも猫年齢なら エリザベスおばさん。

現実のたまさちゃんは いつまでも赤ちゃんみたいに 

イタヅラたまさちゃんだ。

いま、たまさちゃんラブがいるだけで 毎日が 楽しい。ときめき

相浦裕です。

| 相浦 裕 | - | 22:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
星。

たまさちゃんがカーテンを広げて何やらジーっと空を見て動かない。

いつもスズメやカラス、鳩がくると見てるから、またお友達がきたかな。

どれどれと・・一緒に外を見たけど何もない。「なーんだ。お友達もいないよ」

せっかくなのでついでに今日は何となくジッと夜空を見上げてみた。

 

夜中、外へ出て夜空を見ることはない。

きょうは久しぶりにマジマジと夜空を見た。

 

お月さんがひかり輝いてきれいだぁ〜。

まぶしい〜くらい。ひかってる。

 

星はどんな感じかな。「小さな星もまたたいてる」

お月さんを手で隠さないと廻りの星たちがよく見えないよ。

 

お月さんを手で覆うと、お月さんの光のオビが消えて廻りの星が見える。

「ウワ〜!あっちこっちに点在して星がひかってる〜!

今は東京でもこんなに星がみえるようになったんだな〜。」

 

以前、北海道旅行した時、宗谷岬あたりの建物もなければ家々もまったくない、

外灯も無ければ道もひとっこひとり誰もいない真っ暗な道。

あまりに暗すぎて「真っ黒な道」という印象の場所で星空を眺めたことがある。

 

その時のことが瞼によぎって思い出した。

その宗谷岬で夜空の左側から右側まで視界の範囲目いっぱいに星だらけなのだ。

 

黒い空間に真っ白な雪が隙間なくギッシリつまっている。そんな感じ。

生まれて初めて見る光景。  感動的だった。

 

あまりに星が多くて雪のような星たちがいっぱい隙間なくまたたいている。

広い宇宙が頭の上に落ちてきそうなくらいこわくなってきた。

 

ちっぽけなからだが身震いした。

ここからあの星まで遠いんだろうな〜。

 

たまさちゃんのおかげできれいなお月さんと星が見れたよ。

「ありがとうね。」

| 相浦 裕 | - | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
「たまさちゃん」は「たま」の生まれ変わり。
幼い頃、「たま」という三毛猫がウチにいた。猫
「たま」との関係はきょうだいであり遊び相手でありお友だちであり家族だった。
背中のハートがかわいい。
その「たま」に瓜二つそっくりな三毛猫が現在の「たまさちゃん」だ。
「たまさちゃん」はまるで「たま」の生まれ鳥変わりの猫のようだ。

「たまさちゃん」は人間の言葉聞き耳を立てるがわかっているかもしれない。
「たまさちゃん、きょうはお風呂だよ」って言うと 途端にどこかにジョギング逃げてしまう。
「たまさちゃん」はなぜか毎回毎回のように「お風呂に入ろうね」と言うと
途端に逃げてしまうのは人が話す言葉がわかっているのかな?
でも完全にお風呂へ入って温泉お湯まみれになりお顔が小さくなってびっくり目だけが大きい。
頼りきっている体のボディシャンプーを洗い落とすと急にボーッとしている。

手を離しても お風呂へ浸かったまま、ただただボーッとして お話ししたなら
「お風呂は気持ちいいなぁー楽しい」って言ってる感じ。

「たまさちゃん、今日は病院で定期検診だよ」と言うと
どこか人間の目に届かない場所へ逃げてしまう。
いつもは楽しそうに遊んだり、幸せそうに昼寝したりしているのに
病院血液検査だよ」と言うとどこかに消えてしまう。
機嫌を損なわないように買い物袋のビニールの音をさせたりしてソーッと抱っこして
病院まで連れて行くまでに時間がかかる。 人の言葉がわかるのかな?

「たまさちゃん」は「ローラーするよ」とか「櫛で毛繕いするよ」とか言うとダッシュ💨💨でやってくる。
「腰というかお尻あたりを軽くたたくよ」というと”ニャ”ラブと発しダッシュ🏃💨💨で走ってくる。
あわてすぎて部屋のかどを曲がるときは斜めに滑ったりしながら 
まるでトムとジェリーの追っかけてくるシーンのように急ブレーキをかけながらのコーナーハンドルさばき。
ダッダッダッーキキキーーッこれじゃF1のレーサー並みだ。
これは「たま」に似ている。

やっぱり「たまさちゃん」は「たま」の生まれ変わりのように猫かわいい。
| 相浦 裕 | - | 22:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
楽しい箱根の山 裏登山道。

きょうは気持ちのいい天気だな〜。晴れ

空はどこを見ても真っ青。おてんき これって絵でも表現できないなぁ。

見とれてしまうような青。 

背筋も直立にピシッと元気になれるようなこの日。グッド待ってましたよ〜。

 

きょうこそ サイクリング日和。

東京都多摩川沿いから国道1号線につきあたり

神奈川県は小田原市を越えて「箱根の山」まで走った。

早朝から夜まで走り続けた。 温泉箱根湯元でなんとか宿をとらせていただいた。

 

いつもの国道1号線箱根登り坂はいつものありふれたグネグネ道だから、

それよりもっと険しい旧東海道箱根登り坂を早起きしてチャレンジしてみた。

 

国道1号線の箱根東海道坂道も大変な道だけど

この旧東海道登り急坂道は休憩を時々入れないともうきつくて冷や汗たまらない。

登れど 登れど すごく急な坂道が続くのだ。

道幅は箱根東海道1号線も広くはないが一般車が走れる道。

何とか自転車とか歩行者は歩ける程度の幅はある。

しかし旧東海道は車は走るが歩行者や自転車のことなどは計画になく狭くてすごく危ない。

 

苦しんで登り切った末、青い芦ノ湖と富士山が見えたとき

それはもう爽快な達成感でいっぱいだ。嬉しい

 

次の日 知る人ぞいない、登る人もいない「湯坂路」という自転車では絶対登れない、

人の足でやっとジョギング登れる道への挑戦。

箱根湯元で知り合いになったおばあさんから聞いて非常に急な坂道の

箱根裏登山道があることを知った。

これは湯元へ自転車を置いて登っていった。

道なき道に石ころがあちらこちらにゴロゴロ。

これは歩けないほどよくない最悪の道だ。 びっくり人が歩いていないのが理解できる。

 

3時間半ほど登ったところであまりに険しすぎるために引き返すことにした。悲しい

それでも箱根湯元へ戻ってきたときは往復7時間経過して夕方に近かった。

以前、大磯の高麗山湘南平へ登ったがそのときの比ではなかった。

箱根湯元へ戻り 宿へ辿り着いたときは足全体が痛くて無事に到着したことにホッとした。楽しいまぁ〜楽しかった。

箱根登山道裏道を教えていただいた湯元薬局のお姉さんと土産屋のハリキリ元気おばぁちゃんありがとう。嬉しいまたね。

たまさちゃん、良い子にしてたかな〜。




 

| 相浦 裕 | - | 22:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
可愛い たまさちゃん。

カワイィ〜!たまさちゃん。

本当にカワイイたまさちゃん。

何をしても可愛い。イタズラしても可愛い。

 

引っかかれて爪の跡がついて血が流れても可愛い。

ただ、ちょっと痛い。怒り・・・

痛がる姿を見て何を思ったか おもむろにキス抱擁してくる。

完璧に許せる。

 

こちらがトイレに行くとたまさちゃんも

オシッコを一緒にする。その姿が可愛いのだ。

壁に手をあてて人間みたいに二本足で立ち上がる。おばけ足

砂場へお尻を可愛く少し突き出す。長い尻尾は突き上げている。

この姿で固まっている。可愛いオシッコをしているのだ。

このオシッコを片付けるのも楽しい。

 

朝食ホットコーヒーを食べ始めると

たまさちゃんも同じテーブルにピョンと飛び乗ってくる。

きちんと食事する位置と向きはしつけ通り。

姿勢はお尻を下げて人間なら正座している感じ。拍手きちんと食す。

その美味しそうにムシャムシャ目を細めて食べるその姿が可愛い。

「幸せ」そのもの。

 

しつけ通りに絵を描くテーブル机には絶対に上がらない。

これが嬉しくて なんて可愛いんだと思う。

 

たまさちゃんは「M」になる。

「お尻たたいて〜」と猫ゴロンとお腹を見せて寝転ぶ。

顔は横になりながら大っきな目はキョロンとお色気たっぷり。

おもむろにお尻だけ突き上げ

「ね〜、早くお尻ポンポンしてニャン」と言う。ときめき

ポンポンするあいだじゅう左へ右へ体を動かして悶えている。

声を出さない子が悶えすぎて最後は

「ギャーッ」と叫びながらどこかに走り去る。豚

不思議な子だ。

 

たまさちゃんは人が話す言葉がわかる。

こちらもたまさちゃんの話す言葉がわかる。

お互いびっくりにそう思っているだけかもしれない。

 

夜になりそろそろ就寝しようかとするグッドタイミング時に

必ずどこからともなく可愛いたまさちゃんがやってくる。

くもり足元でゴロンと寝転びお腹を出して人間の「大」の字になる。

「ナデナデして〜」冷や汗と言っている。あかちゃんの頃は

手でナデナデしてあげてた。

今は人の足でナデナデのほうが喜ぶ。ゴロゴロ悶える。 

悶え疲れて そのまま

足と足の裏側を合わせたまま温泉 ふたりは夢の世界へジョギング

相浦 裕です。

| 相浦 裕 | - | 22:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
 「クロ」   相浦 裕です。


ある日、 家庭先に小さな丸テーブルを置いた。

そのテーブルの上に ごはん粒を山盛り食事のせて スズメがくるのを待った。

すると朝早くから 腹を空かした鳥スズメが一匹、 

警戒しながらも ごはん粒をつついた。

人間が何もしないことを確認して 自由に食べ始めた。

その光景晴れを見た数匹のスズメが はじめに食べたスズメと一緒に

ごはん粒をつついた。

その光景を見た大勢のスズメ達がテーブルから

こぼれ出たごはん粒に群がった。楽しい

「テーブルだけじゃ足りないな」と思い、近くの松の枝にスズメ達の

かわいいスズメハウスを工夫して作った。見る これを3ヵ所太い枝へかけた。

毎朝、スズメ達が喜んでご飯を食べるその光景が楽しみになった。

 
そんな時期、庭にときどき黒いノラ猫が遊びに来るようになった。
猫

黒いノラ猫は友達になりたくてクロと呼んだ。

愛想笑いをしたり楽しい 窓から手を振ったりしてみた。

無視するので こちらの気持ちをはっきり伝えるため

「友達になろうよ〜ときめき」と呼びかけた。 

それでもクロは 「人間なんかにダマされないニャ〜ン」と距離をとって

警戒しジッと丸い目玉でこちらを見ている。

 

毎朝、カーテンを開けると 

窓の外にはクロが大きな瞳でこちらをジーっと覗いている。

ときどき来ていたクロが 毎日くるようになり何もイタズラしない人間に

慣れて友達になってきた。

いつのまにか クロとおしゃべりした。拍手

 

そんな気がしただけだろうか、

窓をあけて 話しかけるたびに 身の上話をした。怒り 

「にゃにゃ〜ん、にゃ〜」としゃべるように鳴いて答えてくれる。

少なくとも 気持ちはお互い伝わっている。楽しい楽しかった。

 

本当に不思議なことだけど ある日クロがきたとき

直感的に 「クロが遊びに来るのはきょうが最後だな、」
冷や汗と そんな気がした。

クロはゴロンとお腹を出して一回転して満足そうな笑顔で

「きょうは今までのお礼をしにきたよ。ありがとね。ニャ〜」猫

はっきり言ったことがわかった。 

「こちらこそ すごく楽しかったよ。いつまでも元気で暮らすんだよ。」と言うと

「うん」と言って 大きなあくびをした。 


一歩ゆずって そんなことを言った気がしただけだろうか。

不思議だが クロはその日を境に ピタリと遊びに来なくなった。悲しい

いまでも忘れられない純粋な かわいいクロとの時間だった。

 

いつかNHKのみんなの歌の中で 「クロ」という歌を聞いた。

歌詞を聞いて本当に驚いた。聞き耳を立てる

自分の体験そのものが歌われていたからだ。

 

NHKみんなの歌から 「クロ」 です。 想像しながら読んで下さい。

 

大きな木の下で はじめてクロにあった。

すこし近づいたら しゃべるように鳴いた。

つぶらなひとみに 小さな陽だまり見えた。

クロネコだから「クロ」。

いつの間にか うちで暮らしだした。半野良だけどね。

 

言葉がなくても 伝わる気持ち。

気の向くまま足どりで 青い風をつれてくる。

キミに会えたことが宝物。

同じ景色の中でいまも。

 

クモのスを頭にからませて出てきたり。

うたを作っていて遠い目で聞いた。

わかりあえた日々。 かぞえた季節。

暗い夜に 待っていてくれた。

塀の上は 誰もいない。

 

ある日 クロはふらりと出たまま 

そっと この夜空になった。月

気の向くまま進む足どりで

青い風を連れてくる。

 

キミに会えたことが宝物。

同じ景色の中で いまも。

ずーっと ずーっと そばで。

 

相浦 裕嬉しいです。

| 相浦 裕 | - | 22:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
街7・ 片瀬。       相浦 裕です。 

舞浜。  

日本にはまだディズニーリゾートどころかランドの建築予定もないとき、

ロサンゼルスディズニーランドへ見学を兼ねて遊びにいった。飛行機

入場口付近から開放感いっぱいで胸がワクワクしてきた。

この地球上に・・こんなクリエイティブで楽しい遊びの園があるのか。

「ディズニーが東京で開園される」と新聞で発表された瞬間。

信じられないし、無事に完成までこぎ着けられるか疑問に感じた。

世間の批判にもめげず開園当日、ラッキーにも関係者から御招待拍手を受けて友人と行った。

その舞浜駅はオリエントランド社というディズニーランドの企画経営をする会社がある。

ここでまさかディズニーランドのイラストレーション制作の仕事を楽しい自分がするとは

考えてもみなかった。 

 

藤沢市片瀬。

片瀬で「湘南イラストレーション倶楽部」を立ち上げた。怒り

ネーミングもシンプルにした。

 湘南の土地でフリーイラストレーターの

グループを集結させ「湘南イラストレーション倶楽部」ジョギングというネーミングにした。

制作会社立ち上げの大きなきっかけは 大阪で開催された通称・「花博」だ。

その「国際・花と緑の博覧会―サントリー館の・フラワーウォール大壁画」の

世界一大きいステンドグラス風大壁画を制作するという構想のオファーからすべてがはじまった。ラブ

 

池之端。

不忍池が眼下にありチューリップ上野公園動物園も徒歩圏。

湘南イラストレーション倶楽部と提携契約を締結したT社との

関係で「池之端」。不忍池には「マガモ。キンクロハジロ。オナガガモ。ウミネコ。鳥

という渡り鳥が冬はたくさん飛んでくる。この渡り鳥たちは合言葉が通じるかのように

暖かくなったある日の早朝に全員?全鳥一斉に高い空へ飛び立ってゆく。

本当に不思議な自然界の秩序だと思う。見るこの不忍池が好きだ。

街のことを書いているとキリがないからそろそろやめる。

その他の印象深い街は

「麻布。」「鎌倉。」「博多。」「多摩。」「小田原。」がある。

何といっても「東京」とときめき「湘南」 が大好きだし楽しい。   相浦 裕です。

| 相浦 裕 | - | 21:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
街6。―高輪。  相浦 裕です。

移転場所は知らせていないはずなのに渋谷区笹塚1丁目へ移転したあとも
以前住んでいた2丁目の泉ピン子似の
家大家さんが複雑な道のりのところを
わざわざ徒歩2〜30分かけてお惣菜を
食事差し入れにくる。
「相浦さ〜ん。いる?大したものじゃないけどちょっと作ったもんがあるんだよ。」
とおばさんの大声が聞こえる。
楽しい顔を合わせるといつも元気よく笑う人だ。
こんな調子でたびたび訪問されて有難いが申し訳なく困り果てた。
びっくり冷や汗
これをきっかけに参宮橋へ移動した。

 参宮橋。
参宮橋駅の近くに「東京乗馬倶楽部」
遊園地がある。
ここは
明治神宮の裏側出入口横にある由緒正しい100年も続く老舗乗馬倶楽部だ。
しかしこんな都会の真ん中に
「東京乗馬倶楽部」遊園地あることに驚いた。
倶楽部で練習している乗馬服を着た人がカッコイイ。
グッド
その人の言うことを聞いている馬の目は穏やかで本当におりこうさんだ。
はじめて見学したときは何て品格があるのだろうか、と感心した。
男
広大な明治神宮の隣は代々木公園がありここも広くて花と緑も多い。
新宿には新宿御苑と新宿公園がある。それなりに広くて美しい。
長崎にいるとき東京は緑がないとさえ聞かされていた。
がそれは誤解からきたもので殊の外、東京は緑が多いのだ。
花植物

 

港区高輪。

ここはいろんなことを体験しここには書ききれないほど。冷や汗
高輪では日本の大物政治家を多数拝見した。怒り
大企業経営者達、日本と外国の有名な芸能関係者、ミュージシャンと袖触れた。
ある日、京王プラザホテルで漫画家ゴルゴサーティンのさいとうたかおの
大パーティーへ御招待された。
聞き耳を立てる
ゴルゴ13でビルを建てた人だ。
この人もすごいが憧れの巨匠が招待されていた。

その会場へたまたま出席されていたのは亡き手塚治虫だ。
この偉大な巨匠である先生から直筆でビール
ビールビールを持つ
鉄腕アトムとサインを笑顔で優しく描いていただいた。
「鉄腕アトム」「ジャングル大帝」「ブラックジャック」「火の鳥」は本とテレビで
拝見して感動した。
拍手
ビールを持つ鉄腕アトムなんてあり得ないが貴重な宝物となった。

 

大磯。 

晴れ大磯で驚いたのは海岸でサーフィンをしている人々の自由な雰囲気とかっこよさだ。
空を見ると
おてんき 見たこともない一人乗りのヘリコプターみたいなもので飛び立つ飛行機おじさん。
恐くないのかな。そんな人達を見ながらビールを飲む人々。
ビール
正月でもないのに輸入ものの凧揚げしている人。
ありきたりなボール遊びする人。砂の造形を作る親子。
バーベキューパーティーをしている人々もいる。
船
夕日が水平線に真っ赤になりながら沈みはじめる頃「ワイルドワンズ」のメンバーグッドグッド
大磯海水浴場へ来た。
楽しいびっくり懐かしいエレキギターが海に響き渡り聴衆者が共に解けあった。
歌う人聞く人みんな笑顔
嬉しい悲しいで歌い素晴らしい雰囲気になった。抱擁
ラストは海の上に大きくて綺麗な花火が次々と上がった。拍手       相浦 裕です。

| 相浦 裕 | - | 00:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
街5.米国カリフォルニアオークランド。  相浦 裕です。

米国カリフォルニアオークランドはアートデザイン美術の基礎勉強にいったところ。

日本とはけた違いに素晴らしく広い土地環境・広い住環境があった。緑が多く美しい。

どこまでも青い空。おてんき雨がほぼ降らない。気持ち良い空気感。

人々は包み込むように暖かくとても優しい印象。

いまも日本の豪邸住宅地と比較するとアメリカではごく普通のおウチらしい。

日本の高輪の億ションと呼ばれたマンションはアメリカでは普通のアパートメントというらしい。

アメリカのいろんなデザイン事務所に訪問見学した。

会社フロアーが日本と比較して断然広い。天井も高く開放感に満ち満ちて明るい。ひらめき

サンフランシスコの都会の岸壁にディズニーランドの池で動いてるような可愛くて美しい船があった。中に入ると予想外の広いデザイン事務所で大変驚いた。感動した。アート

作品も仕事環境もアイデアとか発想そのものがまるで違った。

叫びたくなるような楽しくてときめきおもいっきり仕事をしたくなる環境なのだ。

いまもカリフォルニアオークランド&サンフランシスコを思い出すたびに気持ちが前向きになるし楽しくなってくる。

さて大阪芸大を卒業して日本デザイン専門学校へ就職が内定したので東京へ舞い戻ってきた。男かなり嬉しかった。長崎の親友と同じ笹塚駅で家を探した。

 

笹塚駅。

代々木の不動産屋に紹介を受け案内されたところが京王線笹塚駅だった。

希望は慣れ親しい代々木駅だったがあいにく希望物件に空きがなくて笹塚の物件に決めた。

この物件の近所に72歳のシニアおばさんが美容室大家さんだ。近くに住んでいてよく世話をしてくれた。猫「男ひとりで大変でしょう?」と言ってはご飯のおかずを差し入れしてくれた。

もちろん丁重にお断りした。しかし、私に対するプッシュ法が豚泉ピン子バリに凄いのだ。

「何言ってんのよ、私に会えたのもラッキーよ。ねぇ〜。これも何かの縁よ〜。いいから食べなさいよ。」と大声で言いながら、しかも迫力あるお顔と物言いに根負けして怒り恐縮しながら頂戴することにした。アート

この笹塚から学校へ先生として中古ホンダのシビックで通いはじめた。

日本デザイン専門学校講師としてはじめて檀上に立った初日はすごく緊張した。

女子生徒子供から 「あいうら先生、がんばってー。」と声が飛ぶほどだ。

ものすごく恥ずかしかった。自分は23歳だったが生徒は18歳。それほど年齢差はない。

よく女子生徒おばけからグループ飲み会のお誘いを受けた。

社会とはそんなものかなと思っていて常に出席した。少し嫌々だったけど次第に楽しみになっていた。帰宅するとシニア泉ピン子大家さんが「落語の招待券工具2枚あるのよ。一緒にいけば夕飯にも連れて行くからね。」とお誘いがあった。ジョギング正直なところ気が向かないところだけど、半ば強引ともいえる手法で「絶対NOとは言わせないわよ」という迫力のお顔。

今後お世話になる立場上ノコノコついていくとテレビで見たことある落語家さんばかり。

大家おばさんの笑い楽しいが会場に響き渡り、この人の大きさを肌と耳で感じることとなった。

帰りにはお約束の「鰻」ディナーをたっぷり御馳走になった。非常に美味しかった。

大家おばさんから あとで聞かされた話ではテレビ局のお笑い会場で観客として笑うアルバイトをしているという。その泉ピン子バリのおばさんはプロデューサーからも目をつけられて最前列中央に特等席を御用意されている。

きょうもお笑いのテレビ番組テレビジョンで大笑いしているおばさんの大声が聞こえたら・・・楽しい悲しい怒りびっくりときめき嬉しい

それは まちがいなく泉ピン子的シニア大家さんの笑い声だ。ラブラッキー

相浦 裕です。

| 相浦 裕 | - | 17:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
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